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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)374号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を仙臺高等裁判所に差し戻す。

理由

辯護人倉田雅充の上告趣意第一、二點について。

舊刑訴第四六條第三七九條によれば、原審における辯護人は、被告人のため獨立して上訴を爲すことを得るものである。そして、その立法趣旨は主として原審の審理に關興した辯護人は、その審理に基く判決に對し上訴すべきか否かを獨立して決定するに適するものと認めたからである。それ故原審の辯護人でない者若しくは判決宣告後において被告人の選任した辯護人は、たとい、被告人の明示した意思に反しなくとも、獨立しては、上訴を爲すことを得ないものと解しなければならない。

しかし、憲法第三四條第三七條等によれば、被告人は、自己の權利を擁護するため、辯護人に依頼する權利を憲法上確認保障されたのであるから、刑訴應急措置法第二條の規定により刑事訴訟法上上訴をするためにも資格を有する辯護人に依頼することができるものと解釋しなければならない。そして被告人は特に上訴をする依頼を爲す旨明示せざるも、自ら上訴を爲さずして上訴審における辯護を辯護士たる辯護人に依頼したときは上訴をすることをも依頼したものと見るを相當とするから、かゝる場合その辯護人は被告人を代理して被告人のため上訴をすることができるものといわねばならぬ。その際被告人の代理たる旨を明示することは必ずしも必要とするものではなく、要は、辯護届、上訴状等一件書類によりその趣旨を看取し得るを以て足るものといわねばならぬ。されば被告人を代理して上訴をすることを許さない趣旨の從前の大審院判例は、これを變更する要ありと認める。

さて、本件においては被告人は自ら上訴を爲すことなく辯護士平井三郎に控訴審における辯護を依頼する旨の辯護届を同辯護士と連署して第一審裁判所に提出し、同時に、同辯護士において第一審判決に控訴する旨の控訴状を同裁判所に提出したものであるから、同辯護士の控訴状は、被告人を代理して、被告人のために控訴の申立をしたことを窺い知ることができる。それ故前述の理由により本件控訴は適法に申立てられたものといわねばならぬ。然るに原判決は右控訴申立を不敵法として棄却したのであるから、失當であって本件上告は、その理由がある。

判決理由に關する裁判官真野毅の少數意見は、次のとおりである。

憲法は、国民の基本的人權を保障すると共に、その直接の擁護者として辯護人の地位職責の重要性を認め、數個の規定をさえ置いている。そして、国家は、つとに法律及び法律実務に通ずる一定資格を有する者を辯護士として公認し、被告人辯護の任に當らしめる制度を設けている。これによって、一つには被告人の基本的人權を適正に擁護し、また一つには社會的正義を妥當に実現することを目的としたものである。すなわち、辯護士は、裁判官、檢察官と共に司法の一環として缺くことのできない必要な機關であることは、今更強調するまでもないところである。その間辯護士は、全官、全公の地位にあるのではないが、半官半民、半公半私の特殊な立場にあるだけである。そこで、刑事訴訟の分野における辯護士の行爲について考えて見ると(この點については、從來の考え方に再檢討を要すべきものが多々ある)、これを二種類に大別することができる。すなわち、辯護士が辯護機關として行動する訴訟行爲と被告人の代理人として行動する訴訟行爲との區別である。そして、前者は、さらに、被告人の意思に反しても獨立してなし得る訴訟行爲と、被告人の明示した意思に反してはなし得ない訴訟行爲とに分類することができる。

(一)舊刑訴第四六條(新刑訴第四一條)は、「辯護人は、別段の規定ある場合に限り、獨立して訴訟行爲を爲すことを得」る旨を定めている。例えば、訴訟に關する書類及び證據物の閲覽、訴訟に關する書類の謄寫(舊第四四條)、押収、捜索、檢證、鑑定の立會(第一五八條、第一七八條、第二二七條)、公判期日前の被告人尋問の立會(第三二三條)、公判期日前裁判所が證據物若しくは證據書類の提出を命じ又は證人、鑑定人、通事若しくは飜譯人に對し召喚状を発する處分の請求(第三二四條)、公判期日前證據物又は證據書類の提出(第三二五條)、公判期日前の證人尋問の立會(第三二六條)、被告人、證人、鑑定人、通事又は飜譯人の尋問(第三三八條)、裁判長の處分に對する異議申立(第三四八條)、證據調終了後における意見の陳述(第三四九條)のごときがそれに該當する。これらは、何れも辯護士が、冒頭に述べた辯護機關として行動する固有な訴訟行爲であり且つ舊刑訴第四六條によって特に獨立してなし得る訴訟行爲とされたものである。ここに獨立という意義は、被告人との關係において被告人の意思に從屬せずこれから獨立しているということである。これ以外に、獨立の意義を解することは、恐らく何人にもできないであろう。辯護士は、辯護機關たる地位職責から、被告人の意思に獨立して、すなわち被告人の明示の意思に反しても、これらの訴訟行爲をなすことができるのである。これは、言わば辯護士の獨立的固有權として認められたものである。

(二)つぎに、以上の外辯護士は、辯護機關たる地位職責から辯護權の行使に必要な限度においては、被告人の特別の委任を要せずして、固有な權利として各種の訴訟行爲をなし得るが、しかも他面辯護士は、被告人個人の基本的人權の擁護を使命とする立場にある關係上、被告人の明示した意思に反してはなし得ない一群の訴訟行爲がある。これは、言わば辯護士の非獨立的固有權ともいうべきものである。辯護士が、辯護機關として辯護のためになすべき訴訟行爲は、それが前述の獨立的固有權又は後述の委任代理權に屬しない限り、原則としてこの非獨立的固有權に屬する。これは、まさに冒頭陳述の辯護士の地位職責から當然に由來するところであって、獨立固有權のごとく個々の法律規定を必要とするものではない。この範圍において、辯護士の訴訟行爲は、固有權に基いてなされるのであって、被告人の訴訟代理人としてなされるのではない。

舊刑訴第二五條(新刑訴第二一條)は、「辯護人は、被告人の爲、忌避の申立を爲すことを得。但し、被告人の明示したる意思に反することを得ず」と定めているが、これはかかる規定がなくとも當然辯護人の非獨立的固有權として認められるべきものを、ただ念のため明定したに過ぎないものと解するを相當とする。次に、本件で問題となっている舊刑訴第三七九條(新刑訴第三五五條、第三五六條)は、「原審における……辯護人は、被告人の爲、上訴を爲すことを得但し被告人の明示した意思に反することを得ず」と定めている。この規定もまた前者と同様に、辯護人の當然有する非獨立的固有權を、念のため明定したものと一見思われるけれども、この規定は、いささか異った意義をもっていることに注意しなければならぬ。

すなわち、これは辯護人の非獨立的固有權に關する規定ではなくして、原審における辯護人の特別な權能(非獨立的)を創設した規定である。その趣旨は、原審における辯護人は、原審において既に辯護の任務を終了したものではあるが、自己の擔當した被告事件の全貌をよく知悉していると認められる關係上、又辯護士の職責は、一面社會正義の実現を使命とする立場を有するから、これに一應上訴をするが適當であるか否かの判斷をなさしめ、これを適當と認める場合には被告人のために上訴をなし得る途を開いたものである。と同時に、他面辯護士は被告人個人の基本的人權の擁護を使命とする立場にある關係上、被告人の明示した意思に反して上訴はできないとしたものと解すべきである。

かかる明文規定を待たずして、辯護士は、原則として辯護のために必要な諸種の訴訟行爲を、非獨立的固有權の行使としてなすことができる。その主なるものは、控訴、上告、抗告、再抗告、再審、保釋、勾留の執行停止の各申立のごときがよい適例であろう。

(三)さらに、辯護士は、固有の權利としてではなく、特に被告人の委任に基き訴訟代理人として訴訟行爲をなす場合がある。これは、刑事訴訟においてはその事例が甚だ少いのであるが、主として被告人の財産權に關する訴訟行爲が、これに該當する。例えば、押収品又は保釋金の還付請求のごときものがそれである。一般に普通の刑事訴訟の辯護に關する訴訟行爲は、明文規定の有無を問わずすべて、辯護士が固有の權利として行動するものであって、被告人の訴訟代理人として行動するものではないと言わなければならぬ。

さて、原審は、「被告人の為上訴を爲し得る辯護人は、訴訟が原審に繋屬していた當時において辯護人であった者に限られるものである。」ことを前提とし、本件で控訴をした辯護人は第一審判決言渡の翌日辯護人に選任せられたもので、舊刑訴第三七九條にいわゆる原審における辯護人に該當しないから、控訴の申立は法律上の方式に違反するものであるとした。成程、右辯護人が原審における辯護人に該當しないことは、判示の言うとおりである。しかしながら、控訴審の辯護人として依頼を受けた辯護士は、その地位職責から言って固有の權利として被告人のために控訴の申立をすることができるのは上述したとおりである。すでに、舊刑訴第三七九條は、その任務を終った原審における辯護人でさえ、被告人の明示した意思に反しない限りは、被告人のために上訴をすることができる旨を規定している。ましてや、被告人の積極的に明示した意思によって、上訴審における辯護を依頼されたその辯護士自身は、一層強い理由をもって、被告人のために上訴をすることができるものと言わなければらぬ。そして、これが国家の認めた辯護士制度並びに憲法が辯護士に荷わしめた重い職責に最もよく合致した解釋であると信ずる。この點において上告趣意は、結局理由あるものと認められるから、原判決を破棄し差戻すを相當とする。

多數意見は、「舊刑訴第四六條、第三七九條によれば、原審における辯護人は、被告人のため獨立して上訴をなすことを得るものである」と説いている。しかし、舊刑訴第三七九條によれば、原審における辯護人は、被告人の明示した意思に反しては上訴をなすことができない。それ故、その上訴は、被告人の意思に從屬すべきものであって、これを獨立した上訴ということができないことは明白である。これは、上述のごとく一見辯護士の非獨立的固有權による上訴と誤解され易いところがあるが、その実質は特に原審の辯護人に創設的に與えられた權能(非獨立的)であるに過ぎない。つぎに、多數意見は、「上訴審における辯護を辯護士たる辯護人に依頼したときは、上訴をすることをも依頼したものと見るを相當とするから、かかる場合その辯護人は被告人を代理して被告人のため上訴をすることができる」と説いている。しかし、刑事訴訟において、辯護士が被告人の訴訟代理人として訴訟行爲をするのは、上述のごとく被告人の財産權に關する訴訟行爲のごとき特殊なものに限定せらるべきであって、一般に辯護士が辯護のためにする訴訟行爲は、被告人の代理人としてするのではなく、固有の權利の行使として(規定の有無を問わず)するものである。その中法定の主要なものは、被告人の明示の意思に反しても全く獨立の固有權の行使として(舊刑訴第四六條)訴訟行爲をするを得るものと解するを相當とする。また、多數意見は、「その際被告人の代理人たる旨を明示することは必ずしも必要とするものではない」と説いている。しかし、代理人の行爲が、直接本人に對してその効力を有するためには、代理人がその權限内において本人(被告人)のためにすることを示して行爲をすることを要する(民法第九九條)。この點において多數意見の判示は、代理の觀念に反するように思われる。辯護人は單に辯護人として行動しているのであって、代理人たることを示して行動しているのではない。要するに、多數意見が、從來の通説に反し辯護士の上訴に効力を認めた點は、たしかに一つの進歩ではあるが、その理由の根據を代理關係に求めたことには賛同するを得ない。端的に言って、刑事訴訟において辯護士は、辯護人として行動する意識はあるが、被告人の代理人として行動するというような意識は、毛頭ないであろう。前述した非獨立的固有權の思想こそは、最もよく辯護士の地位職責に基くその訴訟行爲の本質にピッタリと適合するものであると信ずる。これは、各国の辯護士史の推移と発展に徴しても、また私の三十有四年に亘った辯護士生活の體驗に顧みても、殊に新憲法の布かれた今日においては、最早動かし難い信念となっている。

よって舊刑訴第四四七條第四四九條の趣旨に則り主文のとおり判決する。

以上は理由に關する少數意見を除き、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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